こうすけ新

 

こんにちは、こうすけです。

 

今回は私の自己紹介をしていきます。

 

といっても、興味はないし誰だよ・・・と思われている方が大半かとは思いますが・・・。

 

しかし、今回の記事を読むことでかなり勉強になることは確かだと思います。

 

私の人生が書いてあるので、今後の生き方の参考にしてもらえればさいわいです。

 

 

なぜ、元々はタイピングもできないし、パソコンが苦手な、
仕事ができないダメリーマンの私が

プログラミングを学習することになったのか?

 

それが分かりますので、

ぜひ最後までじっくりお読みください。

はじめに

 

私は現在フリーのプログラマーとして今では活動することができており、

月の収益は70万から100万を行き来している形です。

 

最近では、だいたい80万は安定して稼げてます。

 

今では会社に行くこともなければ、

満員電車に乗る必要もないですし、

朝は好きなだけ寝てられるような自由な生活を手にしています。

 

全くと言って良いほどストレスフリーです。

 

今では唯一の家族である母と毎日を過ごしています。

独立しているので、毎日好きなように時間を過ごすことができます。

 

平日の昼間から、ふらりと新幹線に乗って、

旅行に行くこともできますし、

 

ランチやディナーでは料理の値段を気にせず、

好きなだけ注文することができます。

 

夜遅くまで家で好きなだけ本を読んで、

眠くなったら寝て、目覚まし時計を使わずに、

目が覚めたら起きる。。。。

 

というような状態で毎日を暮らせています。

 

そして、たまに仕事をしてクライアントと連絡をとって、

仕事をこなしていく。。。。

 

そんな状態なので、本当に毎日を楽しく過ごせています。

 

実際に先日は、独立しているフリーランスの仲間たちとハワイ旅行を満喫してきました。

 

ビーチでカクテルを飲んだり、ワイワイ夜まで友人と飲み明かし、本当に自由を満喫していました。

 

さらに言えば、旅行中にもクライアントから30万円の依頼を受け、

「本当にどこでも場所を選ばずに稼げるんだなー」と感じたほどです。

 

このような感じで、

 

「私(こうすけ)はプログラマーとして独立していて、自由に毎日を過ごせています」

 

こんなことを言うと、別世界の人間だとか、

プログラマーになれたなんて才能があったんでしょ、、

 

と思われることが多いのですが、

断じてそんなことはありません。

 

元は家族のことで悩み、仕事のことで悩み、

人生に絶望していたのですから・・・

 

「生きている意味がわからない・・・・・」

 

そんな風に職場のトイレで吐きながら、

思っていたこともありました。

 

前置きが非常に長かったかもしれませんが、

ここから私の幼少期の話をしていきたいと思います。

 

母と一緒に過ごし続けた寂しい学生時代

 

私の幼少期ですが、他の人とは少し変わっていたかもしれません。

 

私はお母さんと2人でずっと過ごしていました。

母親はシングルマザーであり、自分に兄弟もいませんでした。

 

その理由ですが、私が生まれた瞬間に、父親はどこかに消えていったからです。

 

そして、母親は、そんなストレス・絶望にも負けず、しっかりと私を育ててくれました。

 

お母さんに私はずっと、

「お父さんはいつになったら帰ってくるの?」と聞き続けていました。

 

そんな風に私が質問すると、私のことをギュッと抱きしめて、

「いつか帰ってくるから待っててね」

と言うだけでした。

 

お父さんはいつ帰ってくるのか?

お父さんはどこに行ったのか?

お父さんはなんで家にいないのか?

 

私は疑問で仕方がありませんでしたが、

幼稚園に入っても、小学生になっても、

お父さんは帰ってきませんでした。

 

「お前は捨てられたんだ!!!!」

「お前は捨て子だ!」

「お前がいたから、お父さんは消えたんだよ!」

 

と周りの小学生からからかわれたり、笑われたこともありました。

 

繊細な性格の私は、当時は本当に辛かったです。

 

今思えば、子供は本当に残酷です。

 

言葉が刃物だと言うことも知らずに、

その人の心の傷を抉り出すのですから。

 

今思えば、本当にこの時は苦しかったです。

 

涙が止まらなかったですし、

自分の思いをうまく言葉にすることができず、

ただその場で泣きじゃくることしかできませんでした。

 

そうやって家に帰っても、幼い私を養うためにお母さんはパートに出かけていて、

ずっと一人ぼっちでした。

 

典型的な鍵っ子で、家には誰もいないのです。

 

唯一あるのは、テーブルの上にある書き置きされたメモと、

おやつの500円玉です。

 

これで夜中までどうにかしろということでした。

 

いつも、母親が帰ってくるのは夜中の22時でした。

 

小学生がその時間まで起き続けることはできず、

私はいつも寝てしまっていました。

 

そして、朝起きたら、母親はもうパートに出かけている、

そんな状態だったから、

私は全く家族と過ごすことができませんでした。

 

もちろん、今思えばお母さんは毎日の生活費を稼ぐために、

必死になって働いていたんだと思います。

 

朝から晩までパートを3つ掛け持ちして、

自分のために働いていてくれたのです。

 

でも、当時の私は限界でした。

 

なんで誰も自分にかまってくれないんだろう。

どうして、僕はいつも一人ぼっちなんだろう。

 

家に帰っても、お母さんはいない。

朝起きても、お母さんはいない。

 

私は寂しさのあまり、自分の布団の周りに、

ポケモンやクレヨンしんちゃん、ミッキー、ぷーさんなど、

10個以上のぬいぐるみを置いて、毎晩寝ていました。

 

寂しくて仕方がなかったのです。

 

そして、母親も毎日仕事のストレスで疲れ切っていました。

 

だからこそ、学校であったことをいろいろと話しても、

元気のない返事が返ってくるだけでした。

 

最初は疲れているなか、多少は笑顔で話を聞いてくれるのですが、

だんだん「疲れてるからまた後にして」という感じになるのです。

 

幼いながらにもそれは感じていました。

 

そして、私が学校の図工の授業で学年で表彰された絵を見せたことがあります。

 

「お母さん!これ学校で表彰されたんだよ!」

 

ただ、そんな風に笑顔で母親に話しても、

「そう・・・」の一言で終わりました。

 

本当に毎日の仕事で疲れ切っているようで、

僕の話に耳を傾けるのができなかったようです。

 

僕はこの時悲しくて仕方がありませんでした。

 

なぜなら、その描いた絵は家族3人で、

楽しくピクニックに出かけている絵だったのですから・・・

 

今はいないお父さんと、

僕とお母さんと3人でみんな笑顔で、

楽しそうに過ごしている絵・・・・

 

もしかしたら、僕はその絵をお母さんに見せることで、

自分の寂しさを伝えたかったのかもしれません。。。

 

でも、お母さんには見向きもされませんでした。

 

僕は次第にこの頃から、

強烈に母に対する苛立ちを感じるようになっていました。

 

「なぜお母さんは僕のことをかまってくれないのだろう」

 

「なぜ僕は普通の家庭に生まれることができなかったのだろう」

 

「なんで僕にはお父さんがいないんだろう・・・・」

 

 

そして、

 

「なんで僕はいつも1人ぼっちなんだろう・・・・・」

 

その言葉が頭に浮かんだ途端、

涙が止まらなくなりました。

 

僕は家に帰った後、

思いっきり抱きしめてくれる、

お母さんが欲しかったのです。

 

自分が辛かったときに一緒にいてくれるお母さんが欲しかったんです。

 

そして、お母さんと幸せそうに話してるお父さんが欲しかったんです。

 

それなのに。。。。。

 

なんで、僕はいつも1人ぼっちなんだろう。。。

 

学校でも気の許せる友達はいない。

家に行ってもいつも一人ぼっち。

 

そんな状態だったからこそ、

僕は寂しかったですし、

他の人の注目を浴びたかったんです。

 

だからこそ、僕が行き着いた先は勉強でした。

 

勉強をして良い点数を取れば、

学校の先生から褒められます。

 

クラスメートからもすごいと言われるようになります。

 

「こうすけ君って頭がいいんだね!」

「90点?こうすけすごい!」

 

こんな風に周りから言われるようになりました。

 

この時、僕は今までに味わったことがないほどの充実感を感じていたのです。

 

「良い点数を取れば周りの人が注目してくれる」

 

そして、僕の母も同じでした。

 

普段の話はあまり聞いてくれなかったし、

全然相手にされなかったけど、

 

学校のテストで良い点数を取ったら話は別でした。

 

「95点!?すごいね!頑張ったね!」

「最近、すごいじゃない!」

 

こんな風にお母さんが嬉しそうに僕の目を見て話してくれるのです。

 

おそらく、勉強さえできれば将来が明るくなると思っていたのかもしれません。

 

そう。

 

僕の顔と目を見てくれるのは、

テストで良い点数を取った時だけでした。

 

しかし、

 

「良い点数を取ったらお母さんも喜んでくれるんだ」

 

そう思った僕は、ずーっと中学、高校、大学と、

勉強を続けていきました。

 

ただ、僕は勉強を通してでしか、

母親や友人と仲良くなれない寂しさを、

押し殺しながら毎日を過ごしていたように思います。

 

150時間残業と理不尽上司との葛藤

 

大学を卒業して、私は会社に入社したのですが、

本当に死ぬ思いをしながら毎日を過ごしていました。

 

まず入った会社がとてつもなくブラックだったわけです。

 

・月の平均残業時間は150時間以上

・暴力が普通にまかり通ってるパワハラ部署

・体を壊した人から順に退職していく

 

そして、私の場合は別にそんなに仕事ができる方ではなかったので、

「こうすけは使えねえな!窓から飛び降りて死ね!」

と言うことを頻繁に言われていました。

 

今の時代だったら、確実にアウトなことも言われましたし、

胸ぐらを掴まれて、投げられたこともありました。

 

ただ、上司には逆らえないし、

どうしようもなかったので、

私はストレスのあまり、

 

朝トイレで8時から吐いたりしていました。

 

「今日も仕事が始まるのか・・・・・」

と思うと全く耐えられずに、思いっきり、

嘔吐してしまったのです。

 

そして、上司は私が何かをミスしたら、

すぐにかぎつけて、嫌味を言ってくるので、

本当に精神的に限界でした。。

 

そして、落ち込んでる暇もないほど、

毎日宴会や接待が入っていて、

体力的にも限界でした。

 

「これが会社で働くということなのか。。。。」

と絶望していたことを覚えています。

 

ただ、自分は辛くてどうすることもできない。

 

会社を辞めても、転職できるスキルもない。

 

 

そうやって昼休憩の時間に公園で休んでいたら、

先輩の営業部の社員が、ベンチで嘔吐をしながら眠っている。

 

私は自分の将来が不安になった気がしました。

 

「自分も数年後、こんな風になるのかな・・・・・」

 

そう思うと、なんとかして今の状況を変えたいと思っていました。

 

ただ、どうすればいいのかわからない。

現状を変えたいけど、何をすれば変わるのか、

まったくわからない。

 

そして、死にそうにながら毎日、仕事をしてましたが、

母には全くそのことを伝えていませんでした。

 

「母には迷惑をかけまい、心配させまい」

と思っていたからです。

 

「昔はお母さんが自分のために必死に働いてくれた」

 

「だから、今度は自分が一生懸命働くんだ」

 

そう言い聞かせて、私はどれだけ辛かったとしても、

その姿を母親に見せまいと強く決めていました。

 

上司から理不尽に怒鳴られ、暴力を振るわれても、

家に帰ったら、必死にイライラを押し殺していました。

 

会社の仕事が辛くても、仕事が楽しいふりをしていました。

 

人間関係がうまくいかなくても、

私は全てが順調であり、うまくいっているように、

見せていました。

 

だから、母はそんな私の姿を見て、

「これからも頑張ってね!」と、

言っていました。

 

「決して、自分の弱いところは見せまい・・・」

 

そんな風に思っていたものの、

家を出た瞬間、緊張の糸がプツンと切れて、

げっそりした表情で職場に向かう日々。

 

仕事をやめたい。。。。

 

もう毎日が辛い。。。。

 

どうせ会社でも自分は必要とされていないし。。。。

 

でも、母親もいるし、仕事を辞めたら、、、、

 

「一体、自分はどうすればいいんだろう。。。。。。」

 

どうすればいいのかわからない。

 

そして、毎日の仕事のストレスのあまり、

現状を変えようというエネルギーも湧いてこない。

 

ストレスに蝕まれて、

 

「どうせ頑張ったって無理だ・・・」

 

という絶望的な観測しか浮かんでこない。

 

そんな風に悩み続けいてたときにある出来事が起こりました。

 

母の容態が悪化したのです。

 

母の容態が悪化し、人生を見つめ直す

 

会社で仕事をしていたときに、

病院から電話がありました。

 

母親が倒れて、救急車で運ばれているとのこと。

 

私は仕事中でしたが、上司に病院に向かわせてもらうように頼みました。

 

すると、、、、、

 

「別に死ぬわけじゃないんだろ?じゃあ、仕事終わってからでもいいよな?」

 

と上司から言われたのです。

 

私は正直、全く理解ができず、

一瞬、答えに詰まってしまいました。

 

一体、何を言っているのかわからなかったからです。

 

ただ、私はすぐに気を取り戻して、

上司に病院に行かせてもらうように伝えました。

 

すると、、、、

 

「わかったよ!!!勝手に病院行ってろ!!!!!!」

 

と怒鳴られて、目の前の書類を投げつけられたのです。

 

今思えば、本当にヤバイ会社だなと思ったのですが、

当時の自分は、もう必死で急いでタクシーを拾い、

病院に向かいました。

 

そして、急いで病棟に向かったら、

横たわっていたのは、疲れ切ったお母さんでした。

 

あれ、お母さんってこんなに顔が、やつれてたっけ。。。

 

私が最初にお母さんを見て思ったことはそれでした。

 

私が必死に仕事をしていたからこそ、

毎日、家に帰ったらただ寝るだけの生活。

 

朝起きたら、5時に家を出るからこそ、

全く母親の顔を見ることもできない。

 

それで、家に帰るのも12時すぎ。

 

私は気づいたら、幼少期の母親と、

似たような働き方をしていることに気づきました。

 

小学生の時、母親が忙しすぎて、

私と顔を会わせることができなかったように、

 

今の私は、仕事が忙しすぎて、

家にいる母親と顔を会わせることはなかなかできませんでした。

 

そして、家にいる母親のやつれた顔を見て、

 

「どうして、もっと一緒にいれなかったのだろう。。。」

 

「何でこんなに疲れてるのに、母親にかまってやれなかったのだろう。。。」

 

と思わず、目に涙が浮かんできたことに気づきました。

 

医者によると、過労ということで、

命に別状はないとのことで、安心しました。

 

ただ、しばらくは入院する必要があるということ、

今後、母親の容態が悪化しないように、ケアをしてあげる必要があること。

 

それを医者から告げられました。

 

そして、私は今まで母親と一緒にいれなかったことを、

後悔するようになりました。

 

もしかしたら、私はずっと母親を恨んで生きていたのかもしれません。

 

自分をかまってくれなかった苛立ち。

自分が辛かった時、悲しかった時相手にしてくれなかった怒り。

 

そのようなものを抱えて私は生きてきました。

 

ですが、自分が社会人になり、会社で働いてからというものの、

母と似たような生き方をしていたことに自分は気づいたのです。

 

自分も昔の、母と同じように毎日をずっと働き続け、

家に帰っても母と会話をすることもなく、

顔を見ることもない。

 

過去の自分と似たような寂しさを、

母親にも抱えさせてしまっていたのです。

 

「お母さん、ごめん・・・・・」

 

「もっと自分が普段から見ていれば、こんな風に過労で倒れることもなかったのに。。。」

 

「母さん、ごめん。。。。」

 

私は母親の手を取りながら、1人で泣きじゃくっていました。

 

すると、そんな風に泣きじゃくっている私を見て、

母はこう言ったのです。

 

「私は大丈夫よ。私のことは気にしなくていいの。気遣うべきは自分なの」

 

「毎日が辛いんじゃないの?仕事が、大変なんじゃないの??」

 

「息苦しそうだよ?大丈夫?」

 

「辛かったら、無理しなくていいんだよ」

 

「疲れたら、休んでいいんだよ」

 

そんな風に母から言われました。

 

私は全く予想だにしなかった言葉を母から投げかけられることになりました。

 

母の体調が悪かったからこそ、病院に向かったわけですが、

そこで心配されたのは私だったからです。

 

母親には全てバレていました。

 

自分が苦しくて、無理をして、

家では元気そうに振る舞っていたことが、

全て母はわかっていたのです。

 

そして、私が無理をしていることを、

分かった上で、毎日気遣ってくれていたのです。

 

「辛い時は無理しなくていいんだよ」

 

そんな風に言われた時、私は大粒の涙が止まりませんでした。

 

私は母親から全く相手にされていないとずっと思っていたし、

自分のことなんかどうでもいいんだと、決め付けていました。

 

でも、違ったのです。

母親は私のことをいつも見守ってくれていました。

 

幼少期、必死になって毎日働いていたのも、

私が大学に行けるように、塾にも通って、

学校の授業におくれないように。

 

1人でお金をコツコツ稼いでくれていたのです。

 

女手一つでパートでそれだけのお金を、

稼ぐのは本当に大変だったと思います。

 

だからこそ、母は疲れて私のことを、

かまえずにいた時もあったし、疲れ切っていたからこそ、

仕方がなかったのかもしれません。

 

そのことに全て気づきました。

 

お母さんは私のことを見守ってくれていた。

お母さんはずっと私のことを心配してくれていた。

 

私はお母さんに愛されていた。

 

私はずっと1人で泣きじゃくっていました。

 

お母さんはそんな私をずっと抱きしめるだけで、

何も言うことはありませんでした。

 

こんな大人になってお母さんから抱きしめられるなんて、

思ってもいませんでしたが、ただただ心地よかったですし、

とても心の底から何かが満たされるような気がしたのです。

 

「辛かったら無理しなくていいんだよ」

 

そう言われて、私は涙がしばらく止まりませんでした。

 

そして、私はもう会社を辞めて、自分の好きなように、

生きれるようになりたいとも強く思ったのです。

 

そして、母が倒れたと上司に伝えたときに、

 

「別に死ぬわけじゃないんだろ?じゃあ、仕事終わってからでもいいよな?」

 

と言われたことに対する絶望も感じていました。

 

 

冷静に、この会社にい続ける価値はないなと。。。。

 

そう思い、私はあらゆる手段を模索し続けました。

 

そして、最初に見つけたのがクラウドワークスやランサーズなどのクラウドソーシングサイト。

 

家でスキマ時間を使って稼げるということで、

かなり興味を持ちました。

 

会社に通わずとも稼げるというのが、当時地獄みたいな生活をおくっていた私にとっては超魅力的だったのです。

 

また、クラウドワークスやランサーズで月に20万~50万円と稼ぐ猛者がいるということも調べていくうえで分かりました。

 

正直、期待値はマックスでした。

 

これであの地獄から抜け出せるかもしれない!!

 

と。

 

しかし、現実はそう甘くありません。

 

一言で言えば、稼げない・・・

 

これに尽きるかと思います。

 

私は最初は誰でもできるアンケートのお仕事や、ライティング業務(記事の執筆)などをやりました。

 

3000文字書いて、1000円もらえる案件。

 

作成するのに5時間かかり、

時給200円・・・。

 

なんなら手数料もクラウドソーシングサイト(クラウドワークスやランサーズなど)に取られてしまい、

もっと低い・・・。

 

ここまで稼げないのには絶望しました。

 

しかし、

 

「最初はこんなものかな?」

「実績さえ付けていけば、もっと高単価な案件も回ってくるのではないか?」

 

と思い、めげずに続けていました。

 

朝起きて満員電車に乗っている最中に、

ちなまこになってスマホでアンケート業務に取り組む。

 

昼休憩もコンビニのおにぎりでご飯を済ませ、

デスクの上でランサーズの簡単作業に取り組む。

 

正直、仕事しながら空いた時間を使ってめちゃくちゃ本気でやったと思います。

 

でも・・・・

 

1ヶ月それを続けて実際に稼げた金額は、

1万円いきませんでした・・・。

 

およそ40時間近く働いていたはずなのに・・・

 

家で稼ぐなんて無理なんだ・・・

 

そんな甘い世界はないのだ・・・

 

このことを嫌というほどに痛感しました。

 

でも、どうしたらいいんだよ・・・・

 

会社は今すぐにでも辞めたい・・・

 

だけど、辞めた後にどうすればいいのか??

 

これを考えると、どうしようもなくなるのです。

 

会社を辞めると言っても、転職できるわけじゃないし、

何か手に職をつけないとまずい。。。。。

 

そんな風に色々調べていた頃に、

私はプログラミングに出会ったのです。

プログラミングなんてできるわけねーだろ・・・

 

クラウドワークスやランサーズなどで、稼いでいる人はそもそも何をしているのか??

 

なぜ、

かたや月に1万円も稼げない人がいる中で、

月に20万~50万と稼げる人が存在しているのか??

 

それは、調べてみると

皆なんらかのスキルを持っている

という点で共通していました。

 

いったいそれはなんなのか?と思って調べていると、私はあることに気づきました。

 

それは、プログラミングの案件をこなすことで、1案件で数万~数十万円もらえるということに・・・

 

これは実際にランサーズなどで案件を探してみると分かります。

 

てことは、プログラミングができるようになれば、クラウドソーシングサイトでもそれなりの金額を稼げるようになるんだ!!

 

私はこのことに気づきました。

 

ですが・・・・

 

「いや、プログラミングなんかできるわけないじゃん・・・」

 

「パソコンも苦手で、よく上司に怒られるし・・・」

 

「プログラミング言語とか、なんか気持ち悪いし・・・」

 

「てか勉強するのも大変で面倒そうだし・・・」

 

「それに自分は文系だし・・・」

 

と思ってしまいました。

 

 

一言で言えば、

 

「自分にはできるわけがない・・・」

 

こんなふうに思ってしまったということです。

 

ただ、気になっていたのは事実でした。

 

プログラミングのスキルさえ身につければ、

クラウドソーシングサイトで高単価な案件を受注できる。

 

その事実だけは存在しているのですから・・・。

 

でも、自分とは縁のない世界・・・

 

プログラミングなんて理系のオタクがやっているイメージだし、

こういうのは独学でやるものではないだろうし、

何より今の自分の仕事とジャンルが違いすぎる・・・

 

あー、スキルもないし転職もできないし、

今まで会社で自分は何をやっていたんだろう・・・

 

そう思って絶望したりもしました。

 

しかし、何かしらの方法は探したかった・・・

 

そこで私は、異業種交流会に出向いてみました。

 

ここでは、いろいろな業種の人と会うことができ、いろんなお話を聞くことができるのです。

 

何か良い業界があれば、そこに転職するのもありだな~

 

と甘い考えを持ちながら、新宿であった異業種交流会に参加してみたのでした。

 

そして、参加日当日にいろんな人と話しました。

 

税理士や行政書士、WEBデザイン会社、中小企業診断士、怪しいネットワークビジネスの勧誘の人たちなどなど・・・・

 

正直、どれも話を聞いていてもピンとこなかったのですが、

唯一私が興味を持った方がいました。

 

それが、フリーランスで独立して活動している30代前半くらいのエンジニアの方でした。

 

どうやらその方は、プログラミングスキルを身につけて、企業から案件をもらい、

毎月安定して、80万から100万くらいの金額を稼いでいるとのことでした。

 

稼いでいる金額がえげつなかったので、正直「ちょっと怪しいな~」なんて思っていましたが、聞けば聞くほど、本当だということが分かりました。

 

実際、クラウドソーシングサイトで高単価な案件がプログラミングの世界では存在していましたから、リアルで活動していたら、もっと単価は高いのだろうな~というのは、想像つきやすかったです。

 

で、いろいろと聞いてみると、その方はなんと、

未経験からプログラミングをはじめて、たった1年でここまで稼げるようになったとのことでした。

 

マジで!?と聞いた時は驚きを隠せませんでしたが、会社員として働くかたわら、

独学でプログラミングを勉強し、ここまで来たのだということでした。

 

その方は会社勤めが辛かったらしく、上司からのパワハラ・モラハラが頻繁にあり、

そこの環境にいたらうつ病になるという危機感をおぼえ、

プログラミングの世界にきたのだと話していました。

 

しかも、フリーランスでありながら将来の不安も何も感じてないとのことでした。

 

今エンジニアは人材不足がすごく、この先も当分はこのような状態にあり、

かつ案件はクラウドソーシングサイトを使えば簡単に取れることもあり、

お金には全く困っていないとのこと。

 

 

むしろ、プログラミングスキルさえあれば、会社に行かずとも自宅で稼げるし、

なんなら海外旅行しながら稼ぐことも可能ということで、ストレスフリーに生活をおくっているとのことでした。

 

正直、前にいた環境が私と似たような状況だったこともあり、めちゃくちゃ希望を感じてしまいました。

 

・未経験から始めても大丈夫

・会社で働くかたわら、副業からはじめてここまできた

・プログラミングはスキルであり、学べば誰でも身につく

・場所を選ばず働けて、ストレスフリー

 

このような話を聞いて、

私は「めちゃくちゃ魅力的・・・」「もしかしたら自分でもできるんじゃないか?」と希望をいだくようになったのです。

 

私はその日、久々にルンルンした気持ちで家に帰りました。

 

そして、さっそくプログラミングについて調べまくりました。

 

「プログラミング 未経験」

「プログラミング 副業」

「プログラミング 初心者」

「プログラミング 稼げない」

「プログラミング 難しい」

 

など、いろんな言葉で検索しまくりました。

 

すると、どうやら1ヶ月も勉強すれば、

最低限の「副業で稼げるレベル」まではいけることが分かりました。

 

たしかにクラウドソーシングサイトで数十万円の案件を受注することは、

さすがに1ヶ月だけでは難しいですが、1~5万円くらいの案件であれば、

普通に受注は可能なレベルです。

 

しかも、プログラミングには様々な言語がありますが、

副業で10万円程度なら、学ぶべき言語は非常に少なく、さらに言えば簡単なものでした。

 

1ヶ月だけ学んだだけで、副業で月に10万円稼げるようになるのであれば、コスパが最強すぎます。

 

しかもスキルだから、一度身につければこの先もずーっと稼ぎ続けることができるし、

 

さらにスキルを伸ばし続けていけば、もっと稼げる金額も上がるということに、

期待も膨らみました。

 

こうして私は、プログラミングを学ぶことを決意しました。

 

何より、今の会社に居続けても辛いだけだし、母親に心配をかけたくなかったからです。

 

ただ、独学で学ぶのはさすがに無理だろう・・・

と思い、まずはプログラミングスクールに通うことにしました。

 

1ヶ月で30万円かかる短期のオンラインスクールに通うことにしました。

 

金額的にはなかなか高く、最初はビビりましたが、何よりスキルが身につくし、

人生を変えられると思ったら安いもの。

 

学んだスキルは無駄になることはないし、私は意を決してそのスクールに通うことにしたのです。

 

そして、熱量がすごかった私は、普通であれば1ヶ月かけて学ぶことを、

1週間で学んでしまいました。

 

・朝早く起きて、プログラミングの勉強

・電車の中でテキストを一生懸命読み漁る

・昼休みはおにぎりを2つ入れて、食べながらもずーっと教材とにらめっこ

・帰ってからも、テレビなどは見ずにプログラミングの勉強

・休みの日も朝から晩まで教材をこなす

 

これをしたら、たった1週間ですべて身についてしまいました。

 

人間、本気でやるとたった1週間でこんなにも変わるものなんだな~と、

我ながら驚きました。

 

でもそのくらい本気だったのです。

本気で人生を変えたかったからこそ、無我夢中でした。

 

ただ、ぶっちゃけ、ここまでする必要は正直なかったかな。。。。

とも思います。

 

なぜなら、こんなに必死にやらずとも、

1ヶ月あれば普通に身についてましたからね笑

 

普通の人がゆっくり1ヶ月かけて学ぶ所を、

私は1週間で学んだのですから。。。。。

 

ただ、お母さんを心配させたくなかったんです。

もうあんなにつらそうなお母さんのか顔を見たくなかったんです。

 

あとは、会社から抜け出したかった。。。。

 

その思いでいっぱいでした。

 

そして、私はスクールで言われたとおりに愚直に、

勉強を続けていきました。

 

そうすると、2週間目くらいで、ランサーズで

案件を獲得することができたのです。

 

早速案件を取ることができ、自分でも驚きましたが、

案件の額は5万円で、それを3つ取ることができました。

 

つまり、プログラミングを学んで1ヶ月目で、

月収15万円達成です。

 

私はこの時、未来が開けた気がしました。

 

「このまま続けていけば、会社を辞められるんじゃないのか。。。。。」

「このまま、もっとスキルを身につけていけば・・・・・・」

 

それから、私はどんどんプログラミングに没頭していき、

ひたすらランサーズで案件を取るようになりました。

 

とにかくお金を稼いで会社を辞めるために、

勉強と案件獲得を続けていったのです。

 

すると、

2か月目では10万の案件を2つ、

5万円の案件を2つで、

月収30万を達成しました。

 

もうこの時点で、プログラミングスクールの費用は回収しました。

正直、何て安い投資だったんだろう、、、と今でも思います。

 

わずか2ヶ月で30万円を稼げたのですからね。。。。

 

そして、何より驚きだったのは、

ワードやエクセルですらつまずいて、

上司から怒られ続けていた私が、

 

プログラミングで稼いでいるということです。

 

正直、プログラミングなんて縁のないものだと思っていました。

 

かなり複雑だと思っていたし、頭の悪い自分には、

絶対にできないものだと決めつけていたのです。

 

ですが、そんな自分がプログラミングで稼げてしまったという事実。。。。

ちょっと行動すればこんなに人生が変わるのかとただ驚くばかりです。

会社を辞めて、母と再び過ごす日々へ

 

私は、プログラミングで無事に稼げるようになり、ついに会社を辞めることができました。

 

この時は、涙が出るほど嬉しかったです。

 

上司から書類を顔に投げつけられて、罵倒されることもない。

 

嫌味な上司と二人きりでランチを食べる必要もない。

 

満員電車に乗って、お腹をキリキリすることもない。

 

月曜日の朝に憂鬱になって、死にたくなることもない。

 

あらゆるストレスから解放されました。

 

最初はもちろん、会社を辞めるのは怖かったですし、副業からはじめて様子を見ていたりもしました。

 

ただ、

 

・スキルさえ身につければクラウドソーシングサイトを使えば普通に稼げること

・その他フリーランス向けのサイトでも案件を簡単に受注できること

・万が一に仕事がなくても、スキルがあるから高めの収入で転職できること

 

などなど・・・

 

プログラミングのスキルを身につけたことで、心に余裕が生まれました。

 

今では会社を辞めることができたので、満員電車に縛られることもなければ、会社の上司から怒鳴られることもありません。

 

仕事上の人間関係で頭を抱えることもなければ、パワハラやモラハラからも逃れることができました。

 

自宅で案件を受注して仕事ができてしまいますし、

普段はカフェに行って、

フリーランスの仲間と一緒に仕事をしたり、

平日の昼間から海外旅行に行ってカクテルなどを飲み、

思いっきりバカンスを楽しんだり、

 

自分のやりたいことをやって、毎日を充実させることができています。

 

ここまで自分の人生を変えてくれたプログラミングには感謝しかありません。

 

母親も無事に退院し、家でも話す機会が増え、笑顔になることも増えました。

 

また、私自身のプライベートでも、愛する彼女ができ、

先日プロポーズさせていただきました。

 

そして、現在は新婚旅行でヨーロッパを1ヶ月かけてまわる計画などもたてていて、非常に幸せな毎日をすごすことができております。

 

仕事が忙しいから・・・とはならずに、

しっかりと彼女にたいして時間をとることもできて、

本当に良かったと思っています。

 

プログラミングに出会う前の私は、

毎朝行きたくもない会社のために早起きをして、

満員電車に乗って通勤し、ミスをネチネチと上司に言われ、

本当に疲弊しきってました。

 

社会はこういうものだ・・・と必死に自分に言い聞かせ、

苦しい思いを必死におさえて生きてきましたが、

そんな生活とは無縁になりました。

 

もはや今は、

「そんな苦しい時もあったな~」と懐かしめているくらいです。

 

本当にプログラミングに出会えて私は人生を変えることができました。

 

最初は「そんなの自分には無理だわ・・・」「勉強するのが大変そう・・・」なんて思ったりもしましたが、一歩踏み出して本当に良かったです。

 

今後は、もっとプログラミングのスキルをどんどん身につけていき、

1案件で30万、50万などの案件を受注できるようになり、

年収で2000万近く稼ぐトップクラスのフリーランスになりたいと思っています。

 

そして、世界中を旅行したり、母親にもっと恩返しをしてあげたりしたいなと思っています。

 

親孝行したいときに親はいない・・・

 

これは普通に起こりえることを肌で実感しました。

 

だからこそ、今できることを実践したいなと思っています。

 

そうして、今後の自分の人生をもっと豊かにできればと考えています。

 

おわり。

 

 

 

・・・いかがだったでしょうか?

 

ちょっと長かったかもしれませんが、意外とスラスラと読めたのではないかと思います。

 

今回お話してきた通り、私の人生はプログラミングによって大きく変わりました。

 

今回はそれが伝わっていれば素直に嬉しいです。

 

 

ちなみに、ランサーズやクラウドワークスを利用されている多くの方が、

「月に5万は稼ぎたいけど、ぜんぜん到達する気はしないなあ・・・」

「1万円稼ぐのがこんなに大変だとは・・・」

「副業で在宅で稼ぐのは無理があるのかなあ・・」

と思われているかと思います。

しかし、ぶっちゃけクラウドワークスはスキルさえついていれば、
在宅で稼ぐことは可能なのです。

月に30万、50万、中には100万以上稼いでいる方もいると統計にもでているという事実があります。

ただし、スキル無くしてここまで稼ぐのは

もちろん不可能です。

 

 

そして、私はLINE講義を無料でやっているのですが、

そこでは登録していただけると、

・ランサーズやクラウドワークスで効率よく稼ぐ方法
・副業で満足できる金額を稼ぐためにはどうしたらいいのか?

について私自身の経験を通した内容を解説しています。

 

かなり役立つ情報になっているので、ぜひ気軽にLINE講義にご登録ください。

 

 

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ちなみに、LINE講義は無料で行っていきます。

そして、まず第1回目の講義では「プログラミング副業最強説」についてお話をしたいと思います。

 

これを読むことで、

 

・未経験からはじめて、なぜ1ヶ月で10万円以上稼げるようになるのか?

・そもそもプログラミングは難しくないのか?

・プログラミングが主婦にもおすすめできるたった一つの理由とは?

・クラウドソーシングサイトで効率よく稼ぐための方法とは?

・なぜ、クラウドソーシングサイトで月に20万以上稼ぐ人がいるのに、月に1万円も稼げずに終わる人がいるのか?

 

上記の疑問点がすべて明らかになります。

 

ぜひ、興味のある方は無料なのでこの機会にご登録ください。

 

 

こうすけ

 

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【よくある質問】

Q.LINEアカウントが外部に漏れることはないでしょうか?

A.

ありませんのでご安心ください。また、役に立たないと思ったらいつでもブロック可能です。

 

Q.この無料のLINE講座を受講することで何が学べますか?何が身につきますか?

A.
「プログラミングはなぜこれほど稼げるのか?」
「プログラミングを学ぶとなぜ人生が豊になるのか?」
「初心者の人がいち早くプログラミングを学んで稼げるようになるには?」
「クラウドソーシングサイトで月に30万以上の案件を受注しているプログラマーについて」

を学ぶことができます。

Q.パソコンの使い方もよくわからず、スマホしか持っていないのですが、大丈夫でしょうか?

A.はい、大丈夫です。今回の業務は感想をお送り頂く頂く形となります。作業をすることも絶対ではないので、その点は大丈夫です。

Q.プログラミングにそこまで興味はないのですが、登録してみても大丈夫でしょうか?

A.はい、むしろ、完全未経験者、初心者に向けて作っている内容になります。

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最後までお読み頂きありがとうございました。

少しでもご興味がございましたら、お気軽にLINE講義を受講してみてください。

ありがとうございました。

 

 

 

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